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一世一代のネゴシエーション

1991年9月30日(月) 14時00分。晴天。
それまでの自分の人生の中で、最も異質かつ危険な人物と向き合って正座していたが、クールな心境だった。
別に心臓がバクバクしたり、手や足が震えたり、緊張で言葉がスムーズに出ないなどという状態にはならなかった。
なぜ、"クールマン"でいられたのか、今でも良く分からない。

S氏は外出帰りという事で、家の前で待っていると、指定時刻ちょうどに踏切の向こう側からゆっくり歩いて来た。
小柄だがそれなりにがっちり体型の相手は黒服スーツの正装である。がに股で近付いて来る。とても分かりやすい。
もちろん黒メガネもかけていたが家に入る時に外していた。精悍とはいえない顔つきだが、笑うわけにはいかない。
促されて家に入り、2階奥の和室に通され、「そこに座れ !」と指示されたのである。

9月26日(木)の夜に発生した事故だが、対面がその日までズレこんだのは単純に相手の都合である。
前週末に会社へ電話による恫喝があり、相手が一般人でない事は確認出来ていたが、だからといって心の準備が出来ていたなどという話ではない。「何事も経験や」などとうそぶきつつ、平静を装っていただけという方が正確やな。

幸いな事に、工務店社長N氏が同行してくれたので、心強かったという事もある。スムーズに外壁修繕にかかれるよう、あらかじめ依頼してあったのだが、長年の間取引がなかったため、最初からN氏に依頼したわけではなかった。
実際には、依頼していた別の工務店に事情を告げては次々と断られ、4件目でようやく引き受けてくれたのである。
N氏は自身がベテラン大工でもあるのだが、ひょうひょうとした性格の人で、頭の回転も速く、相手を煙に巻くようなタイプである。今回のような案件の相棒にはうってつけの人物だった。

そして、話合いが始まって5分も経たないうちに、ドス(短刀)が相手の懐から出て、眼前の畳に突き立てられた。
けっこう早業で、ドスはまっすぐ垂直に立ち、刀身は窓から差す光でキラキラして美しかった。
謝罪から始めたが、相手は最初からけんか腰。当然のように"損害賠償金"を要求され、拒否したためである。

この世界の連中の交渉方法は、威嚇したり懐柔したりの繰り返しが常套手段のはずなのだが、目の前の S氏は終始威圧的で、口を開く度に大声で恫喝の一辺倒だった。
家を見て、末端の構成員なのだとは推察していたが、態度も笑っちゃうほどそのまんまなのだ。階級が上がるほど紳士的になっていくものだという通説が証明されたな、と心の中でニヤリとしたほど。
しかしおそらく、末端だから助かったのだ。ホント。狡猾な相手だとどうなっていたか本当に分からない。
S氏の口から出るセリフはドラマなどで毎度おなじみのものばかりだったので、ここではいちいち書かない。

目の前(膝の先端から30cm程度)にドスが突き立てられた時はさすがに緊張したが、時間とともに慣れてしまった。
そして、何よりも、相手は決して自分に危害を加えないという自信もあった。
相手の目的はカネをふんだくる事であり、我々に傷を負わせたり殺したりしても何のメリットもないからである。
もちろん、対応を間違えて激昂させるような事になれば話は別なので、慎重な交渉になるのは当然である。

それにしても、今ならドスなんて見せただけでもアウトなのだが、何しろ20年以上前の出来事やからね。
とにかく、最初に威嚇されて萎縮し、屈したら終わりである。後は際限なくしゃぶり尽くされる運命となるだけ。

決死のネゴである。何度恫喝されても、カネの要求には一切応じず、こちらは修繕工事による賠償責任のみを主張。
そして、何度も何度もの堂々巡りで 1時間近くかかった問答の末、ついに根負けしてくれた。ときどきN氏が空気をやわらげるような発言をしてくれた事も大きかったと思う。

最後はいまいましげな捨てセリフ「手抜きなんかしやがったら承知せんからな!!」を受けて、N氏の「こんな修繕工事でどうやって手抜きが出来ますねんな。」これでようやく「確かにそうやな。」と相手の苦笑いを引き出せた。
ドスも元の場所に収まり、最後には「兄さんたち、気に入った。」とおほめの言葉まで頂いたのである。
ここで、"とりあえずは"一件落着である。帰り道は足取りも軽く・・・なわけない。体が鉛のように重かった。

【あとがき】
何で一件落着が「とりあえず」なのかだが、これで終わったと安心するのは早いと思っていたためである。
修繕工事は半日で終わるほどの内容なのだが、案の定、工事終了後に何かと難癖をつけて来ては関係ないはずの場所まで手直し工事をさせられ、本当にあとクサレがなくなったのは、実に12月4日だった。
けっきょく、1円の示談金も支払わずに済ませたわけだが、工務店にサービスしてもらう事は出来ないので度重なる工事代金はそれなりのレベルとなった。そして、クレームの度に飛んでいってなだめるのは自分の役目。
そりゃまぁ疲れましたよ。「こんなのはもう二度とやらん !!」と決意したのが本音です。

儲かりもしない厄介な仕事を引き受けてもらえたばかりか、最後まで面倒を見てくれた N社長にこの場であらためてお礼申し上げます。
・・・って、ブログを見てるわけないよな。( ´ー`)

【おまけ】
ドスの刺さったタタミの修繕は要求されませんでしたとさ。
お後がよろしいようで。(;`ー´)
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