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ほろ苦いデビュー

「Access 2.0 データベース作成のコツ」が、PCライターとしての本当の自分のデビュー作であると思っている。

"桐"とパソコン通信とニフティ会議室の縁のおかげで、PCライターチームに何度か参加させてもらった。
声をかけてもらった浦秀樹氏には、生涯忘れられないほどの恩義を今でも感じている。
一般人には望んでも得られない、不特定多数向けの出版物の執筆者として名を連ねる事が出来たのである。
それは自費出版などではない、フツーに書店に並ぶ単行本としてである。自分の人生の中でも最高の快挙だった。
初めて書店に平積みされた"100%活用法"を眼にした時の感激は今でも忘れられない。そして、予想していたとはいえ、全く売れなかったという辛い事実も・・・

その経緯はくどくどと何度も書いているが、不本意なカタチであった。三度携わった単行本のテーマは"桐"と"DBPro"。既に熱意はおろか関心さえもなくしかけていたソフトウエア製品だった。
当時の自分は完全に"Microsoft Access"に心を奪われていたのである。ライターとしても、チームのメンバーの一人としてではなく、自分自身の"作品"に取り組む事が出来るチャンスを密かに熱望していた。

職場の基幹情報管理システムも、一時は検討しかけた"DBPro"を早々に見限り、本格的に"Access 2.0"に移行しようと計画している段階にあった。
しかし、小企業の基幹システムゆえ、ある日を境に一気にリニューアルとはいかないのである。
何しろ専属技術者などいるわけがなく、その作業計画も作業そのものも自分自身で進めるしかなかったのである。もちろん、会社の通常業務をこなしながらである。
"Access"は、それまで経験した事のない開発ツールであり、当然その作業は試行錯誤の連続となり、膨大な時間と精神的エネルギーがかかる。とにかく解説本とニフティの"Access"会議室が頼りだった。
解説本とはいっても、実に沢山出版されていたが、そのほとんどが取るに足りない入門書であり、業務システム開発には何の役にも立たない"ゴミ本"ばかりだった。有用な解説本は、ほんの数冊だけだった。

"桐"で築き上げたシステムを、それまでまったく未体験だったソフトウエアを使用してゼロから作り直すのは想像以上に困難だった。"不眠不休"はもちろん言い過ぎだが、それに近い日々が続いていた。
その生活は一年近く続いた。なぜそんな献身的な行為が出来たのかというと、答えはカンタンである。「使命感」。
何と言っても、それを命じたのは自分自身だったからなのだ。自分で決めたので最初からモチベーションが違う。

そして、転機が訪れた。相変わらず"桐ゴミ箱"会議室には入り浸っていたのだが、意外な人物から非公式に声がかかったのである。つまり会議室ではなくメールで。

その人物は、浦秀樹氏と並ぶ大先輩であった「佐田守弘」氏。率直に言って、"桐"の世界では、我々とは一線を画す一流のPCライターだった。と、少なくとも自分は尊敬していた。
エーアイ出版から"桐"のみならず"松"の「コンプリートガイド」と称される素晴らしい解説書等を多数執筆されていて、大げさに云えば雲の上の存在に近い方であった。
ただ、ニフティのオフライン宴会では何度か同席していて、いくらか気心が知れた間柄でもあった。
"意外"という理由は、佐田氏の思考が"桐"の世界から一歩も踏み出せていないと感じていたためである。
もちろん"Access"にも少なからぬ関心を抱いてはいたが、"桐"の発想から抜けられないため、苦戦されていた。

何でそんな事が分かるのかというと、それはニフティ会議室での氏の発言内容から、一目瞭然であった。

Access20_AI.jpg
さて。佐田先生からある日突然唐突にご相談があった。※あえてここでは「先生」とする。
「エーアイ出版から"Access 2.0"の解説本を出版する事になったので、一緒にやらないか。」というストレートな申し入れだった。驚きはあったが、断る理由などあるはずがない。
自分の会社のシステム改修計画が佳境に入ってはいたが、どうしても超えられない壁がいくつもあり、ひとり悩んでいた時期でもあった。つまみ食いではなく、一からきちんと勉強し直さないとまずいと焦ってもいた。

解説本を執筆するとなると、それは願ったりかなったりである。付け焼刃の知識では到底歯が立たないのは明白。
自分を徹底的に追い込むのにこれ以上のハナシはなかったので快諾した。
つまり、あくまで自分自身のレベル向上のためであり、佐田先生から有益なアドバイスを得られるとはまったく期待していなかった。それと、版元が「エーアイ出版」というのも自分にとっては最高に魅力的な条件でもあった。

"Access"に関して氏がどの程度の理解レベルであったかは把握していたし、「そんなんで良く引き受けましたね」と内心呆れていたほどなので、自分へのお誘いも純粋な好意からとはとても思えなかった。
特に根拠はないが、それは本能的な"動物的カン"ってヤツや。そしてそれは見事に的中した。

以下次号。
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この記事へのコメント

おたけ : 2013/08/12 (月) 19:19:29

>佐田先生からある
いよいよアクセスになってきましたね(^^)
まだ桐の話ですが、
佐田さんが桐の機能で非公開でしたが、RS232Cから桐に直接データーを取り込む機能をものすごく詳しく書かれていたので記憶しています。
佐田さんが出した宿題で、「フィボナッチ級数」この80桁はいくらか?の宿題でしたね。
あの時、R師の表示方法には「びっくり扱きました(^^)」

管理人 : 2013/08/14 (水) 14:42:34

「フィボナッチ級数」?
全然記憶にありませんが・・・(^。^)
今調べてみたら、いかにもセンセイの好みそうなお題やね。
わたしは数学の世界はチンプンカンプンなもんで、まったく関知いたしません。
ま、そうゆう事で。( ´ー`)

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