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「桐たんす」の総括

自分にとって「桐たんす」とは何だったのか。

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記憶の中ではすごく長い期間を過ごした事になっているが、あらためて調べてみると、本当に"アクティブ"だったのはたったの 1年半程度に過ぎなかった。
最初の頃は"桐"そのものにも夢中だったし、睡眠不足も通信料金も何のそので「桐たんす」でのコミニュケーションが楽しくて仕方がなかった。別に自惚れではなく"ごみRES"をまき散らしていた自分は正真正銘の"人気者"だった。
臆面もなく平気で人前でこんな事を言っている(書いている)にもかかわらず、少しも嫌味がないのが人気の秘密。
ひとりだけ、大阪弁のままで書きまくっていたのも、たぶんかなり効果があったな。( ´ー`)
オフ会にも回数を覚えてないほど積極的に参加し、常に大歓迎を受けていた。

隆盛を極めた「桐たんす」時代のMVPは、性格も対照的な"立花 薫"と"あるまじろ"だったと今でも自負している。
NO.3 以下の人たちは実に沢山いるが、ここでいちいち名前はあげない。
でもまぁそう云いつつ、山下博義・ぼけ仙人・よいこの横井・R・林檎・ぽー・un_chan・メェ君・ヤンキー・tubaki・いかすぱ等々いくらでも名前をあげられるのが我ながらスゴイぞ。(;`ー´)

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そんな自分の中に変化が生じたきっかは、"桐のプロ"が現れてからだった。自分のレベルは"セミプロ級"との自信はあったが、本物の"プロ"とは勝負になるはずがない。
ある時期から"プロ"のひとりが、片っ端からメンバーの質問に答えまくるようになり、「もう自分の出る幕はなくなったな」と白けていた。そんな事は気に留めず活発に活動するメンバーが大半だったが自分はそう感じていた。
本来は喜ばしい状況のはずなのだが「それは違うやろ」との不満はどうしても拭えなかった。「一般ユーザーが、一般ユーザーの直面する課題にアドバイスする」事にこそ価値があると信じていた。
一般ユーザーが解決困難な場合に"プロ"がアドバイスしてくれるのなら大歓迎だった。とはいえ、その流れに異論を挟む事は出来ず、流れに任せて静観しているしかなかった。それは 1年間も続いたように感じていたが、実際はわずか 2ヶ月間という期間だった。※"ぼけ仙人"は、さすがにこの辺のスタンスを良くわきまえての活動であった。

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加えて、当時は既に"桐"の能力(仕様)に関して次第に限界を感じるようになりつつあり、それに対する根本的な改善も期待出来ないと知り、新しいツールを模索していた時期でもあった。そして"新しいツール"が突如出現した。
徐々に"桐"に対して前向きに取り組む心が失われていく中で、"ごみRES隊長"と呼ばれて得意になっていた。

実際の生身の自分自身は"雑談好き"ではなく、むしろその逆である。それは当時も今も同じ。
良くもあんな風に振るまえたものだと、良い意味で自分でも呆れている。(^。^;

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もうあの頃は二度と戻っては来ない、という「第二の青春」だったのだと感じている。
そして、それを十二分に体験出来た事は本当に良かった。ラッキーだった。巡り会えた運命に今でも感謝している。
それは、「桐たんす」のおかげで、三つのかけがえのない宝物を得たからだ。そのひとつが、現在に至るまで心地良い交流が続く「仲間」である。

以下、小出しにしつつ後日の記事に乞うご期待と。(^。-)v

なかなか、"ビーエム日記"に戻れんな・・・(;`ー´)
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