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ミラーレス一眼 vs コンデジ

コンデジが欲しいなぁ。( ´Д`)
いつもケイタイしていて、撮りたい時にさっと取り出して何も考えずシャッターを押す。
ミラーレス一眼(NEXシリーズ)を常用するようになってから、このようなカメラの使い方が出来なくなってしまった。

愛用の"NEX-7"は一眼レフカメラに比べれば圧倒的に小型軽量なのだが、コンデジと比較しても圧倒的に大型重量級という事実も変わらない。ミラーレス一眼カメラの立ち位置はまさにそこにあるので当たり前ではあるが。

何しろ衣服のポケットやウエストポーチ等にも収まらないのだから常時ケイタイはムリ。「カメラ小僧」を自称していながら、日常生活の中で思いついた時に気軽に撮る事が出来ないのではカッコつかんよなぁ・・・(||´ロ`)

そんなわけで、コンパクトデジタルカメラが欲しいなぁ、と時々物思いに耽るのであります。
もちろん今よりも大きく画質が劣るのでは意味がないので、選択肢は"SONY DSC-RX100"しかない。
最近改良型の"RX100M2"が発売されたが、大きく進化したわけではないので先代の"RX100"も併売されていて30%近く安いのである。発売から一年以上経過して本来なら実売価格は3万円そこそこに値落ちしているべきなのだが、相変わらず4万円台半ばを維持している事がその比類ない実力と人気ぶりを証明している。

休日の朝、ぼんやりとそんな事をつらつらと考えていてふと思いついた。「待てよ、アレがあるぞ。」

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「手のひらサイズの高画質カメラ」って、灯台もと暗しや。
死蔵しかけていた"NEX-5"とパンケーキレンズの"SEL20F28"。うん、これはイイ。(^ω^)

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重量もわずか368g。"RX100M2"は254g。その差は110gしかないではないか。

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ちなみに、愛用の"NEX-7 + SEL24F18Z"は586g。220gも軽いし、ずっとコンパクト。

ファインダーがないので逆にその分気軽にシャッターを押せるし「とりあえずスナップはこれでイイかも。」
そんなわけで、昨日のランチメニュー撮影は"NEX-5+パンケーキレンズ"を使ってみた。実際問題として、当ブログ記事の本文写真サイズ程度では画質の差はほとんど分からない・・・はず。(;`ー´)

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それではと、撮り比べてみるか。これは"NEX-5+パンケーキレンズ"。

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"NEX-7+パンケーキレンズ"。
ほぼ同条件で撮っているのだが良く見ると解像度に差がある事が分かる。しかし少なくとも、自分にはこのサイズではぱっと見では区別がつかない。
※眼力の優れた人ならひと目で見分けてしまうかもしれませんが・・・

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"NEX-7+SEL24F18Z"。さすがや。発色も解像度も全然違う。何も考えずシャッターを押しただけなのに、ちゃんと画になっているし。被写体を実際に目にした感覚ではパンケーキレンズの方が近いのだが。
こうもレンズの能力差をまざまざと見せつけられると、また困ってしまうな・・・( ´ー`)

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さて。コンパクトに見えるとはいえ、本物のコンデジとはサイズも重量もやはり大違い。
ウチでも家族用にしぶとく生き残っている、7年前のフツーのコンデジである"Canon IXY DIGITAL 900IS"。
その重量もわずか170g!!ホンマに軽すぎるくらい軽い!!

晴天の屋外写真ならそれほど悲惨な大差は付かないかもしれないと、ダメ元でしっかりとマニュアル調整をして撮ってみたらば・・・

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まいったな~・・・( >д<)
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今日のランチは「サイゼリヤ」に決めた

久しぶりの「ランチシリーズ」再開といくか。(´∀`)

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今日の愛妻弁当は臨時のお休みで、ランチをどうしようかと嬉しい悩み。
そして。昼休みになると、何だか今日は無性にラーメンが食べたくなり近所の人気店である「げん家」に突撃。

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掛け値なしに美味い"とんこつラーメン"や餃子を出す店であり、無料駐車場が完備している事もあってか、開店10年近く経っても人気店の座を維持している。本日も、店内の6名に加えて店外にも2名が行列待ち。
ちなみに、後方の黒い建物は「げん家」とは関係はない。以前から妙に羽振りの良い新興宗教の本社ビルである。

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ちなみに、大阪市北区の"樋ノ口町"交差点から東西南北それぞれ徒歩一分以内にあったラーメン店のうちの二店はすでに廃業となっていた。

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そのうち一店は中堅チェーン店の「藤平ラーメン」。こちらも10年近く営業していたのだが、いつの間にか閉店していてコインランドリー店に変わろうとしていた。
こちらは一回行ったきりだが、ラーメンの品質は「げん家」に比して大きく劣っているとは感じなかったが、やはりこの立地で駐車場ゼロというのが大きなハンディだったのだろうな・・・

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残る一店は「天下一品」。実はなぜか妻のお気に入りのチェーン店なのだが・・・

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駐輪はあるものの外から見る限りカウンター席の客がたった一名と、正午過ぎというのにほとんど開店休業状態。
いやはや、ラーメン店っていうのは浮き沈みが激しい。やっぱり、"戦国時代"やなぁ。

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まぁ、そんなわけで、けっきょく13時前になっても行列が減らないのに業を煮やし「げん家」をあきらめて「サイゼリヤ」に突撃する事にした。ビジネスランチのベストテンに入るお気に入り店です、ハイ。( ´ー`)

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といいつつ、ここに来るのはほぼ三ヶ月ぶりくらいのご無沙汰でもある。ランチメニューを見て、あらためてその激安ぶりに感嘆する。何たって、スープのおかわり自由で500円!!。ドリンバーのオプションもたったの100円プラス。
とりあえずは、メロンソーダで喉の渇きをうるおして・・・

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ふと時計をみると13時を過ぎている。しかし、ここも満席状態は変わらなかったが、客の出入りの隙間を縫って、運良くボックス席に滑り込むことが出来た。

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それでも行列は残るが、この店は案外回転が速く、この10分後には行列は解消されていた。

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500円ランチでコンソメスープが飲み放題。

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プラス100円で飲み放題になるドリンクバー。最近のお気に入りは"スパークリングオレンジ"。(*´∀`)

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オーダーして待つ事約15分。この店にしてはかなり遅い方である。ずっと満席状態なので仕方ないか。
注文メニューは"日替りランチ"で、ハンバーグとペッパーチキン。このセットは自分としては外れで、残念。

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いかにもセントラルキッチンで調理済みの安っぽいハンバーグではあるのだが、これがどうしてけっこう口に合うので困ってしまうのだよ。( ´ー`)

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BMI22が目標というスリムな体型を目指して食事制限中につき、ライスは"小"で、しかも完食はしない。
料理の食べ残しはマナー違反とは知りつつ、です。・・・(;`ー´)
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ほろ苦いデビュー その5 エピローグ

「Access2.0 データベース作成のコツ」は見事スマッシュヒットとなった。

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すなわち「増刷」されたのだ。初版発売後三ヶ月後に。世に出される数ある単行本のほとんどは、奥付の赤枠の部分が存在しない事は書店で調べればすぐに分かる事実。
出版社から、増刷版が出回る前に既に明細書が送付されて来ていた。その数は3,000部。

快挙である。

エーアイ出版からは、発売前に著者への「献本」として五冊いただいていた。
それはもちろん初版であり、増刷の際には二冊いただける。今回の写真はその時のものである。勲章や。(´∀`)
世の中まだまだバブル時代であり、"Windows95"効果のため、当時はすごいパソコンブームで、おびただしい数の関連書籍が出版されていたが、編集者から「増刷に至るのはその 5%にも満たない(!!)」と聞かされていた。(゚д゚)
いくら数が多くてもそのほとんどが"ゴミ本"だったので、自分でも「そんなもんやろなぁ」とも感じていた。

率直にいって、少し運が良ければライターになる事は不可能ではない。
能力と環境とタイミングが合えば。それは自分の例からも明らかである。しかし、それとヒット作品とは別である。
「増刷」とは、書店から出版社(正確には卸会社)に対して追加注文があったという事実の証明である。

それは市場(一般読者)に受け入れられたという証であり、極論すれば、いかに熱意を持って取り組んだのだとしても、増刷されないのであれば執筆者と出版社の自己満足に終わってしまっただけという事になる。
※製品の販促だけが目的などという場合もあるが、それは例外である。

初版で終わってしまったならば、出版社としては失敗商品であり、度重なれば経営が成り立たなくなる。
執筆者にとっても「自分の作品は本当に価値があったのか ?」と自問自答するしかないのである。ヒット作品すなわち増刷を勝ち取るには、世の中の多くの人が求めているタイムリーなものであり、内容的にはさらにそれを少し上回っていなければならない。(これは個人的な持論に過ぎないが)
数ある"ゴミ本"の一種だったはずなのに素晴らしい売れ行きを誇っていたインプレス社の「はじめての・・・」シリーズも見事だった。当時の水準では紙面構成が図抜けていた。企画とデザイン力の勝利だったと思っている。

しかし、大半の書籍はやはり内容勝負である。トレンドに沿って、しかも半歩先をゆくようなものでなければヒット作とはなりえない。佐田 守弘氏のヒット作であった"松・桐"の「コンプリートガイド」シリーズも一見"ゴミ本"になりかねない企画にも関わらず、上っ面だけの説明に終わる事なく適度に掘り下げた、内容の濃いものだった。
もうひとりの大先輩である、浦秀樹氏の「桐の販売管理システム」の本も良く売れたと本人から聞かされていた。
やはり、大半の"ゴミ本"とはまったく内容の異なる、読者が本当に求めていたはずの実務に役立つ内容だった。

もちろん、書籍の性格によっては発行部数そのものではなく、世に出る事自体に価値があるという場合も少なくない。数十年後に高評価を獲得する事例など珍しくもない事も誰もが知っているのだが、パソコンソフトの解説本の場合はまったくそのような例には当てはまらない"生モノ"であるのも当たり前である。

1995年当時、パソコンソフトの解説書で"Word"や"Excel"と並んで"Access"がメインストリームになる事くらい、誰にでも分かっていた。その理由は、覇者であったマイクロソフト社が強力にプッシュする製品のひとつだったから。
それゆえ、すごい数の解説本が次から次へと出て来て、書店の棚にズラリと並んでいた。
新米ライターの或間氏は、暇さえあれば足しげく大阪梅田の「紀伊の国屋書店」に通い、その度にほぼすべての本をチェックしつつ「たしかに価値あるのは5%以下やな・・・」とひとりうそぶいていた。
同時に、自分の本が売れる度にそのお客様の背後から秘かに最敬礼もしていたのだぜ。(;`ー´)

自分のライターとしてのコンセプトは「初心者から中級者へのステップアップに役立つガイド」であった。そのような目的で書かれた他社の本はないではなかったが、ごくわずかであり、しかもそのほとんどが零細出版社だった。
平均レベルの高い書籍や雑誌を多数出版していた、メジャーなエーアイ出版からデビュー出来た自分は、本当に運が良かったのだと今でも思っている。
「Access2.0 データベース作成のコツ」の前半部は、取るに足りない"ゴミ本"に等しい内容であり、それが今でも残念なのではあるが、しかし S氏の推薦なしに"Access"本のライターになれたかどうか定かではないので、そこはやはり妥協して納得するしかないし、経緯はどうあれ、S氏への感謝の気持ちは今も変わらないのも事実。

ともあれ、営利企業である出版社が、増刷を期待出来るようなライターを常に求めている事など、当時も今も自明の理である。過去にどれほど実績があろうと「これから」売れなければ価値はないとみなされる。

田中さんからは既に増刷前から「Access95の単行本もよろしくね。」と確約されていた。もちろん単独執筆で。
S氏と自分には実際にはそれほど年齢に大きな開きはないのだが、"新世代のホープ"として迎えられたのである。
優しく暖かく接してもらえたのは、今から思えば当たり前であったのだな・・・

とにかく事実上、ここから自分のライター人生はスタートしたのだ。ヽ(*´∀`)ノ
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ほろ苦いデビュー その4 危機

今回はシリアスな内容につき、本文にフェイスマークは一切使用しないのでご了承下さい。( ´ー`)

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「Access2.0 データベース作成のコツ」冒頭の"はじめに"。
これを書いたのは共同執筆者であるS氏。お見事。さすがにスキがなく格調高い優れた文章である。
しかし、実はこれを書くのは自分の役目だったのだ。なぜこうなったのか・・・

原稿を提出してから約二週間後、フツーの生活リズムを取り戻せて安心していたが、突然最大の危機が訪れた。
休日の昼下がり。自宅のファクシミリに 3ページ分の原稿が送信されて来た。担当編集者による校正である。
当時は文書イメージを容易に作成・交換出来るPDF形式などが存在していなかったので、手書きで校正した結果をスピーディーに送る手段としては、とにかくファクシミリになるのであった。
それを承知していたので、パーソナルファクシミリを自宅に設置してあったのである。

その内容は惨憺たるものだった。文章の大半が赤入れ(線引と訂正文字)されていて、仮にそれらの指摘部分を削除したとしたら、ほとんど 原型をとどめなくなる ほどの割合だった。
"はじめに"の他、サンプルアプリケーションの冒頭 2ページ文も含まれていた。すべてズタズタである。
要するに「全部書き直せ」と突き返されたようなものだ。しかしいかに熱意があろうと、全部書き直しなど絶対に不可能である。締め切り期限(たしか契約から三ヶ月)も変わらない。

自信を持って送り出していただけに、その衝撃は大変なもので、ショックの余りその後数日間はまともに口がきけないほど打ちのめされていた。
自分の文章作成能力は、他では通用してもエーアイ出版では通用しないと宣告された事になる。
共同執筆とはいえ、それまで三冊も解説書が出版されていて、校正など一度もされなかったのである。自信を持つなという方がムリというものである。それだけに二倍の衝撃となって襲って来た。

そんな中、数日間悩んで、少し心が落ち着いてから思い返してみた。
「良く考えてみれば、まったくのシロートライターの原稿が校正されない方が不自然ではないか。」
たしかにそうだ。秘かに手直しされていたのかもしれないとひらめき、手元に残してある原稿と三冊の単行本の内容をチェックしてみた。結果は記憶通り何も手直しはされていない。原稿がそのまま出版物となっていた。

エーアイ出版だけがきちんと原稿を精査して校正しているわけで、その姿勢はさすがだと改めて感心した。いや、それでも出版社たるもの、原稿の校正作業を省略して良いわけがないはずなので、エーアイ出版は当然の事を行っているだけなのだ。とはいえ、自分の原稿が不合格のダメ出しされた事実も厳然として存在する・・・

しかし途方に暮れてばかりもいられない。幸いな事にこの世界の大先輩がパートナーなのだ。
ご相談してみようではないかと、とりあえずメールで経緯を報告したらS氏から深夜に電話がかかってきた。
そして、かんたんな事情説明のやりとりの後で驚くべき提案をされた。

「エーアイからも"難しそう"と言ってきているし、そんなに自信がないなら、原稿をもらえば後は引き継いで私がやるよ。安心して任せてくれていいよ。」

そんな反応は想定外。返す言葉がなかった。文章の書き方など、出版社からの校正指示についてどのように対処すれば良いかのアドバイスを期待していたのである。不可解。結局不安が増幅されただけだった。
実際、投げ出してしまいたい気もないではなかったので、その場はあいまいな返事をしておいて眠りについた。

そして翌日。「やはり正攻法に限る」と意を決してエーアイ出版の田中女史に電話した。これまた驚愕となった。
田中さんは自分からの連絡を待っていたらしく「やっと電話をくれましたね。」と優しい口調だった。校正結果については「新人の場合は特に入念にチェックを入れるので、訂正だらけになるのが当たり前。」と事もなげの回答。
文章力そのものは特に問題ないが「理系の本なのだから"主観の排除"が最重要。」と教えてくれた。云われてみれば、たしかに赤入れされていた部分は"思い入れ・憶測・推測・自分の好み"に該当する部分がほとんどだった。
最初の自分の"作品"なので必要以上に肩に力が入っていたわけである。
やっぱり相談して良かった。一気に気が楽になった。

それでは、どこが"驚愕"なのかというのは上記の会話の後である。一週間後に再提出する事になり、感謝の意を述べて電話を置く前に S氏とのやり取りを報告したら田中さんの表情が一変した。
※「電話やんけ!?」って・・・いや、口調がまったく変わったので分かるのです。

「やっぱりそんな事を!! また!!」

「ん ? "また"って何ですか ?」呆気にとられて聞いてみると「以前にも同じ事があり、これで三度目になる。共著でスタートしても途中からパートナーがリタイアして、最後は S氏単独の作品として出版されたんですよ。」
「そ、そんな事があったんですか・・・」
「だいいち、S氏に或間さんの能力が不足しているなどと一言も云ってませんし!!」

いやはや、何とコメントすれば良いのかと返す言葉がなかったが、田中さんから「絶対あきらめないで、頑張って仕上げて下さいね。」と嬉しい激励の言葉をいただいた。
田中さんのアドバイスのおかげで、コツが少し分かり、再び怒涛の勢いで原稿を全て洗い直して予定通り一週間後に提出すると翌日電話連絡があった。
「合格です。もうほとんど直すところはありません。一度でここまで進歩する人も珍しいですよ。」
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ほろ苦いデビュー その3 駆け出しライターの生活

一連の記事は、自分のPCライター人生(わずか6年間ですが)を振り返ってみて、決して平坦な道ではなかったという事実を綴るのに避けては通れない出来事なので詳細な経緯を書いている。
すなわち、他者への個人攻撃の意図などまったくないので以降はイニシャル表記とする事にします。

さて。それまで三冊の共同執筆メンバーの一員として原稿を書いていたのだが、出版社から一度も校正の指摘がなかった(注1)ので、秘かに自信を持っていた。ニフティ会議室のおかげで無意識に文章書きの訓練が出来ていたと。
もちろん、原稿提出前に自分自身で徹底的に校正作業をしていたので、少なくとも誤字脱字の類などは一切なく、文章そのものも良く出来ていたのだと鼻を高くしていたくらいである。( ´ー`)

"Access 2.0 データベース作成のコツ"は、実質的なデビュー作と認識していたので、いやがうえにも気合が入り、怒涛の勢いで書き上げた。手がけてから約一ヶ月、以前にも増して自己校正を丹念に行い、サンプルプログラムとともにエーアイ出版に原稿を提出した。編集者も驚いていた。以前にも増して鼻高々の自信満々であった。
原稿なのだから当然締め切りが存在するが、指定された期日よりはるかに速く仕上げたのである。
そんな事が可能だったのは、もちろん"みなぎるようなモチベーション"があったから。(´∀`)
"Access"の勉強も、大げさに云えば毎日が「眼から鱗」の連続であり、楽しくて仕方がなかった事も大きいな。
共同執筆のカタチではあったが、明確に役割分担が決まっていたので、遅々として進まないS氏の進捗などまったく眼中になく、ブルドーザー式で作業を進めた結果である。

当時も今も自分は会社員である。平日の日中はまず原稿など書けない。休日に集中して書けば良いようなものだが、それで済むような半端な量ではない。
サンプルプログラムにしても、それまでのようなお気楽サンプルではなく、一応単体のアプリケーションとしてきちんと動作する事を検証しなければならない。
何しろ"Access"の解説書の執筆者でありながら、手探りで勉強中というレベル(注2)だった事もあり、それだけで相当な時間を費やしたし、"桐"の時とは全然異なる重い責任感とプレッシャーを感じていた。

それでなくても、何度も書いている通り当時は自社の基幹システムの大規模改修中であり、そちらにも相当なエネルギーが必要(本末転倒な表現だが)な状況だったのである。

自分の場合、原稿の量は実際に出版される記事の二倍から三倍程度を書いていた。そこから余計な部分をそぎ落とし、内容の取捨選択しながら所定のページ数になるよう仕上げるという方法を採っていた。
本書の場合、自分の分担は約200ページだったので少なくとも500ページは書いたことになる。
一見大変な量だが、小説や論文などとは異なり、かなり図版が挿入されるので実質文章としてはその半分程度である。とはいえ、何しろ自分自身が入門レベルに毛の生えた程度なので、用語の正確さや統一等にも気を配りつつ、誤った説明文を書かないように確認作業を特に入念にと、やたら時間がかかることに変わりはない。1ページ書くのに数日間費やす事など珍しくもなかった。

さて、休日だけでは足りないのでどうすれば良いかというと答えはひとつである。
睡眠時間を減らすしかない
何しろ本業が前述のような状況なので、原稿書きのために休暇を取るという荒業も使えない。
では、平日の何時頃書けば効率が良いかといえば、悩むまでもなく明白。それは早朝である。
一見夜に書けば良さそうだが、それをやると作業に熱中した結果、徹夜が当たり前という状況に陥る事が容易に想定され、そうなると本業に悪影響が出るのは確実。それは絶対に避けなければならない。

さて、それでは何時書くか。一日に2時間程度ではまったく足りない。4時間程度は必要である。当時は(今もだが)、7時半までに家を出る生活だったので、作業量を勘案すれば 3時までには起床しなければならない。逆算すると、10時までには寝床に入る、のではなく睡眠に入る必要がある。寝付きの良くない性格なので9時頃には寝床に入る事になる。
いくら睡眠時間を削るといっても、5時間程度は確保しなければという前提での計画である。(注3)
・・・と書けばカンタンそうだが、それまでは完全に夜型であり、連日午前2時頃まで眠りにつく事がないという生活パターンだったので、それを逆転させるのはけっこう苦労した。
けっきょく二週間くらい経ってからようやく早朝パターンがスムーズに身についたのだが、とにかく最初は「しんどかった」の一言。(。-ω-)zzz

さて、実は今回のシリーズの核心はここから以降なのだが、ページが尽きてしまったので、以下次号。( ´ー`)

(注1)
実際には細部を校正されていたかもしれないが、記憶ではそうである。
(注2)
エーアイ出版の担当者からは「執筆者が勉強しながら解説書を手がける事など日常茶飯事だから、気にしなくて良い」と激励されていたので「そんなんでエエんか」と感じつつ、特に罪悪感を感じずに済んでいた。(;`ー´)
(注3)
記事を書いていて、今頃気づいたのだが、午前2時頃まで起きていたという事は、実際には睡眠時間はほとんど変わっていない。シフトしていただけである。だから体力的には問題がなかったのだな・・・
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100,000カウント達成

カウント 日付
----------------------
10,000 2010.02.01
15,000 2010.08.19
30,000 2011.12.13
40,000 2012.06.06
50,000 2012.10.26
60,000 2013.01.20頃
70,000 2013.03.25
80,000 2013.05.22
90,000 2013.07.06
100,000 2013.08.19

キタ ━(゚∀゚)━ !

ま、そうゆう事で。(;`ー´)

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