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wii の悲劇

脱力・・・虚無感・・・

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約二年間、毎朝欠かさずに励んで来た"wii Fit Plus"の筋肉トレーニングとヨガ体操。
盆も正月も休まず、例え二泊旅行であろうが三泊旅行であろうが、強引に本体ごと持参してまでも連続記録を更新し続けて来たのだが、ついにその記録が途切れる時が来てしまったのだ。( ≧Д≦)
ここ一週間ほど前から、ディスクロード時にドライブ附近から「ギ・ギギ・・・」と不穏な動作音を発生するようになっていたのだが、「その内治るやろ」とたかをくくって放置していたら、ある日突然ご臨終の時を迎えてしまったのである。

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もちろん、ただ手をこまねいていたわけではない。他のソフトのディスクでも同様の不具合を発生した事もまれにあり、2009年末に"wii"を購入してから一度もレンズクリーニングをしていない事を思い出し、とにかくまずはクリーニングを実施してみる事にした。
ただ、自分にとって大変に貴重な道具となってしまっているので、そこら辺りにあるクリーナーではなく「wii 専用クリーナーセット」をあたふたと注文して、待つ事一日半で届いた。
ディスクが異音を発生するようになってから一気に故障したわけではなく、イジェクトや電源オンオフを繰り返しているうちに復活するという繰り返しが続いていたので、若干の時間の余裕があったのである。

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こうゆう作業なら積極的に取組むのが悪ガキの悪ガキたるゆえん。(;`ー´)

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クリーニングディスクを挿入して「手で」ディスクを上下左右に動かしながらのクリーニングと、なかなか原始的である。自動的に回転して汚れを除去するのだと思っていたのだ・・・
数十秒間ほど丁寧に作業した結果はこの通り。かなりの汚れがあった事が判明。

その後、おそるおそる"wii Fit Plus"ディスクをセットしてみると・・・
続きは次号。はぁ~ (;´Д`)
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ありがとう"桐"、そして「さようなら」

また引き受けてしまった。しかし、今度こそ"桐"や"DBPro"と関わるのは本当に最後である。

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1997年秋。"Windows"の窓の中で"MS-DOS版の桐Ver.5"を使い続けて来たユーザーにとって、待望の"桐Ver.6"がついに発売された。5万人とも10万人ともいわれた"桐"愛用者にとって夢にまでみた瞬間であったはず。
しかし。桐の愛用者はみな狂喜乱舞して、発売日にはショップに長蛇の行列が・・・という状態とはならなかった。

花盛りであったパソコン通信や、インターネット黎明期でもあり、さまざまなレベルの豊富な情報によって、"Ver.6"が中途半端な完成度の製品である事は発売前から多くのユーザーには既成事実となっていたのである。
コアなユーザーの多くは既に"DBPro"に流れかけていたという重い事実もそれに輪をかけた。
それでも、結局"DBPro"は"桐"ではなかった。ユーザーは、複雑な思いでその登場を待ちわびていたのである。
そして、ようやく現れた"桐Ver.6"は、やはりユーザーが待ち望んでいたような"Windows版桐"ではなかった・・・
何よりも、ユーザーが長年苦心して蓄積して来た、肝心の"一括処理"が使えないのだった。
互換性レベルなどという話ではなく機能そのものがないという衝撃の事実。あり得んやろ、それって・・・(;゚Д゚)
もちろん、"k3"がそれを致命的な問題として認識していないはずはなかったが、実装するにはあまりにも準備期間が短か過ぎたというのが実情だろう。

前回書いたように、当時も市販ソフトウエアにとって、解説本の存在は非常に重要であった。優れた解説本の存在は他の何にも増して、最も効果のある販促ツールなのだった。
あまりに長すぎた待機期間後の見切り発車に近い状態で、ようやく"Windows版の桐"を発売にこぎつけようとしていた"k3"とて例外ではなく、その数カ月前から"DBPro"本の著者チームに解説本の執筆を働きかけていたのである。
※いや、それが事実かどうかは分からない。憶測で書いているので割り引いて読んでいただきたい。
この本の出版社は「技術評論社」であり、もちろん出版のハナシはそこから来ていた。しかし、"k3"の多大な協力が背景にあった事は間違いない、と云えるだろうと思われる。<--- 三流ライターの常套句や。
その証拠は、223頁から始まる「第13章 管理工学研究所に聞く/浦秀樹」にある。あたかもニフティの会議室のように忌憚のない浦氏のストレートな質問に、同社の名物社員であった武田氏が丁寧に答えるというコーナーである。
もちろん彼は会社を代表して正式に回答しているのだ。"k3"が、一般ユーザー向け書籍の中でこのような露出の仕方をするのは異例中の異例であった。

サービス精神 ?「ノー !」 。方針転換 ?「ノー !!」これを「危機感の現れ」と言わずして何というのだ。
プライドをかなぐり捨てて必死である。ここでユーザーの根本的な疑問に応えておかないと未来はない、と。
何しろ、浦氏をはじめとする著者チーム(1名を覗いて)は、既に競合製品の"DBPro"を称賛する解説書を三冊も執筆していたのである。完成度の低い"Ver.6"をこの連中に渡しても、"提灯記事"など書くはずがなく、弱点もそのまま遠慮なく世間にさらされてしまう事態となるのを承知で賭けに出たのであろう。

結果は半分は成功だったといえるかもしれない。"k3"のこの姿勢に対して、かなり著者チームは好意的に受け止めたようにみえるからである。

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「はじめに」のページで、"DBPro"にはまったく触れず、もっぱら"Access"をライバルとして"桐"の優位性を強調していた事がそれを端的に表している。

しかし、それには同意しない厄介者もチーム内に約一名いた。もちろん彼はオトナだったので、チームワークを乱すような振る舞いはせず、淡々と与えられた役割をこなしていた。特に何の思い入れもなくクールな心境で。
良くもそんな失礼な心構えで"桐"のチームに加わったもんだと今から思い返しても反省しきりであるが、先輩メンバーもそれは了解の上だった。本書は、"Access"を比較対象とするのがメインテーマのひとつだったのだが、メンバーの中で"Access"を語れるのは「或間二郎」だけだったために黙認されていたのである。

今回は、共著メンバーとして参加した中で最も原稿量が少なかった。とっくに限界だった。もう"桐"について何も書けなかったのである。ボスからの「"Access"の章は任せるから頼むよ。」との誘惑に負けたのが実情だった。
この時期は、職場のPCからも完全に"桐"は削除され、すべてのPCに"Access95"がインストールされていたのだ。

そんな状況の中で"桐"にも"DBPro"にも、もう二度と関わりたくなかったはずなのに渋々引き受けたのは、"管理工学研究所"と"桐"への感謝と惜別の思いもあった事も間違いない。「今までありがとう、そしてさようなら。」の心で。

そうそう。この仕事は画期的な出来事ではあった。
ようやく「或間二郎」という名のライターが世に出た記念すべき瞬間なのだった。
実際には、最初の単行本から「ペンネームで」との意向を伝えてあったにもかかわらず、タコな編集者がそれを忘れて実名を印刷されてしまっていたというのが実情なのであった。

ちなみに。
ニフティ会議室で初めてその名を出してくれたのは、つい最近まで"R師"だとばかり思い込んでいた。
しかし。何とそれは"飛雄馬"さんだったという衝撃の事実も明らかになったのだ。(;`ー´)
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182/185 QFF03001 飛雄馬 RE:祝!あるまじろさん処女出版
( 6) 94/07/29 08:56 151へのコメント

 或間二郎さん(笑)、処女出版おめでとうございます。名古屋でも出てましたよ。
(・・・以下省略)
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その基となったのは「一歩先を行く DBPro V.2 100%活用法」の第5章に出てくるサンプルデータ。

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自分の記憶でも最初はこうだったのだが、おそらくは"飛雄馬"さんのタイプミスまたは誤変換で「或間二郎」が誕生したという数奇な運命なのだった。当の本人も「二郎」の方が断然イイと感じ、そのまま名乗る事となった。
どうせ、サンプルデータの方は担当ライター氏が思いつきでテキトーにつけただけなのは明白であるし。
そのため、どちらが本当の名付け親なのかの判断は極めて難しく、未だに謎である。それでOK牧場や。(^。^;

それにしても、"或間"氏がダントツのA評価というのも、"柿ノ沼"氏はさすがの見識である・・・
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ぽんせん小僧ふたたび - 地上で最も美味しい米菓子

"320i Luxury"の慣らし運転で、滋賀県北部にドライブをしていた時期があったが、実は目的は他にもあった。
地元大手スーパーである「平和堂」で、ある米菓子を買おうと画策していたのである。大阪にも奈良にもなく、その地方でしか手に入らない幻の銘品。その名は、老舗「エザキせんべい製菓」の「ポンせんべ」
地上で最も美味しい米菓子である。

「その言い方って誰かの受け売りやろ」って、そんな事はどうでも良い事である。(;`ー´)

しかし、信楽町にも余呉町にも長浜市内にも、どの店にもその姿がなかった。(||´ロ`)
平和堂の店員に問いただすと「最近は取引していない」とのつれない回答。ひょっとして、まさか廃業・・・?

そして、数日間考えあぐねたあげく、おそるおそる電話をかけてみると、女性スタッフが元気良く応対してくれた。
平和堂とは一時的に取引を停止しているが、変わらず製造・営業しているし「通信販売も数量お好みでOK」との心強い回答だった。

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早速FAXで8パック(送料込みで2,940円)を注文し、待つ事約4日間。ついに到着。

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いそいそと蓋を開けてみると、"ぽんせん小僧"がどっさり。感動の再会である。

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"ポンせんべ"に最も合うのは、お茶でもビールでもなく、この"サントリーほろ酔い"。( ´ー`)

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開封すると米菓子の香ばしい香りが・・・以前よりも醤油がしっかりと利いていて、一段と美味しそう。

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この「パリっとした食感と絶妙の醤油味」が最高。至福のひととき「やめられない止まらない」です。(*´~`*)
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BMW 320i Luxury の音質向上計画 - スピーカ交換 その2

先週敢行したスピーカー交換工事の結果を報告しよう。
実は、工事終了後にスタッフの廣瀬さんから「(純正の)センタースピーカーのレベルを下げないとバランスが悪い」と指摘されていたのだ。
オプション装備の"HiFiスピーカーシステム"では合計9個のスピーカーが装備されていて、その内の前席ドア各2個の4個を交換しただけという、やや中途半端な状態となるのだが、それでも確実に音質向上が図れるはずだった。

ところが、純正スピーカーと"ソニックプラス"のスピーカーのインピーダンス(or 能率)が合わないためか、出力音量の大半がセンタースピーカーから出力される状態となったらしい。
その説明を受けて試聴を勧められ、たしかにセンタースピーカーの存在感が大きい事は確認出来たが、高音域の解像度が改善されていた事もあり、自分のタコ耳では即座に判定が出来ず、このままでもそこそこ満足出来るのではと考え、「とりあえずこの状態で使ってみる」という事にした。

その後平日はクルマに乗る機会がなく、じっくりと音質の検証も出来なかったのだが、週末にようやくプチドライブしてひと通りお気に入り曲を聴いてみた結果「こりゃあかんわ・・・」となった。純正センタースピーカーの存在感が大き過ぎるために全体の音色が工事前とあまり変わらないためである。
やっぱりプロの指摘は素直に聞かにゃあね・・・(*´~`*)

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そんなわけで、再度「サウンド21」に出撃となった。センタースピーカーを殺してしまう事も考えたが、ここは素直にスタッフのお勧め通りレベル調整してもらう事にした。

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レベル調整のためのアッテネーターは既に用意されていた。

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ピットに入るまでもなく、作業時間は10数分、レベル調整も一発で完了。さすがの手際の良さである。

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本来なら、施工後に詳細な音質調整作業があるのだが、"さんにーまるあい"のオーディオ部には最低限の機能しかないので、調整項目もこの程度。サブウーファーがややうるさいので低域を若干抑えている。

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さて、センタースピーカー調整の効果はてきめんであった。ソニックスピーカーの実力が発揮されるようになり、ほぼ満足出来るサウンドとなった。お気に入りシンガーの美しくも力強いハイトーンボイスも、いわゆる「ベールを一枚はがしたようにヌケの良い音質」とオーディオ評論家氏のマネをしたくなるほど気持ち良く聴こえるようになった。
中高音域のモヤモヤ感が完全に払拭され、劇的な向上といって良いだろう。
愛車のオーディオシステムは完全に数段ランクアップを果たした。これでクルマで音楽も楽しめるようになり、めでたしである。"ソニックプラス"製品は、車外の音漏れも非常に抑えられているので、街中でもボリュームを気にせずに安心して音楽を楽しむ事が出来るようにもなった。そもそも、バカみたいな大音量は出さないけどね。( ´ー`)

ここまで注意深く読まれたファンの方は既にお気づきと思うが、現在のサウンドについては"ほぼ満足"である。
まだ何か満足出来ない部分があるのかというと、もちろんある。まず第一に低域の解像度。分かりやすく表現すると、「ドン!」と鳴るべきところが「ボン!」ってわけ。その他にも改善要素はまだまだある。
しかし、後はカネ次第。とことん追求するとあっという間に百万円以上かかってしまうのがオーディオの世界。

"HiFiスピーカーシステム"は、後々のスピーカー交換がスムーズに出来るようにとの考えもあり、オーダーした。
今回の工事代金は合計 92,000円也。想定範囲内である。これ以上の投資をするつもりはない。ま、何かラッキーな出来事があって、小遣いにゆとりが出来たらまた「サウンド21」さんにお世話になるかも・・・( ´ー`)
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夏は「うな丼」!!

ここ二年ほどですっかり庶民と縁遠い高級食材となってしまい、表題とはウラハラに我が家の食卓に並ぶ事がなくなってしまった「うなぎの蒲焼」だが、日本人の習性として無性に食べたくなる時がある。

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地元で"天神祭"が開催される本日はそんな日につき、ランチタイムは迷わず庶民の味方のこのお店に突撃とした。

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ごひいきの店のはずなのだが、良く思い返してみたら月に一度くらいしか通っていないのが不思議。

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席に着くと、目の毒になるこんなのが・・・拷問や。かろうじてガマン(;`ー´)

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13時過ぎというのに賑わっていて、しかもやたら暑いと思っていたら何とエアコンが故障して作動していなかった!!
よほど店を出ようかと迷ったが、たまにはこんなシチュエーションも悪くないかと思い直し、忍耐強く待つ事に。
おまけに今日はスタッフの手際が悪いのか、調理に時間がかかっていてどの客も不満顔だった。(`ω´*)
けっきょく、注文した"Bセット"が出て来るのに10分以上かかってしまった。フツーの店なら速い方だが・・・
味噌汁とお新香のサイドメニューが120円のオプションで、計800円也。吉野家としては豪華なメニューである。
ちなみに、味噌汁は全然旨くないので通常は注文しないのだが、今日は何となくセットにしてしまった。

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吉野家の「鰻丼」は、当店としては高級メニューとなる680円。何しろ牛丼280円の店なので、注文する時も声が震えそうになるのをこらえて・・・なわけはないが、ちょっと勇気が要ることはたしか。(;`ー´)
じっと待つ事約11分。ようやく出て来ました。うなぎ蒲焼の香ばしい香りはほとんど感じられないのだが、とにかく待望のうな丼である。そそくさと山椒をたっぷりかけて、「いただきます。」

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680円の「並盛」には三切れしか乗っていないので、たちまちこんな状態となる。ちなみに二倍のボリュームとなる「二枚盛」は980円であります。自分は少食派につき、並盛で十分なのがありがたい。
余ったご飯は、お気に入りの白菜「お新香」と一緒にいただく事になるが、今日のお新香は鮮度が落ちていて全然美味しくなかった。( ´ー`)

近くのスーパーでは、うなぎの蒲焼は国産品で一匹 2,000円弱くらい。中国産ならその半額以下程度なので買えない事はない。しかし、経験則でやはり"安かろう悪かろう"の原則がそのまま当てはまるので我が家では手を出さない。

などとうそぶいてみるが、吉野家のうなぎは堂々の中国産である。しかし、その品質は決して悪くない。スーパーの安物とは一線を画している。さすがは吉野家。
値段が値段なので「メチャ美味い」とはとてもいえないが、ちゃんとうなぎの風味は感じられるので一応満足。

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そんなわけで「ごちそうさまでした。」この次は来年やな・・・
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『DBPro』の事 - テクニカルライターへの道Ⅱ

経緯はほとんど記憶にないのだが、「一歩先を行く DBPro V.2 for Windows 100%活用法」完成とほとんど間を置かずして同じ著者チームで「これからはじめるデータベース for Windows」にとりかかる事になった。

ただし、さすがに出版社は同じではなく今回は「ビレッジセンター」。
「技術評論社」とは異なり、「VZ EDITOR」等で有名な、ソフトウエア販売元でもあった会社である。

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装丁もずっと洗練されて、フツーのソフトウエア解説書らしくなった。ただし、中身は相変わらず"DBPro V.2"。
しかも、製品版がそのまま付録に付いてくるというとんでもない(フツーなら超お買い得な)書籍だった。
何しろ、少し前まで2~3万円で売られていた製品版が付いていて、その価格はたったの 3,500円なのである。
表紙上部の"挑戦状"というキャッチコピーが、ソフトヴィジョン社の当時の状態を物語っている。

この単行本が発売された時期はすでに『DBPro V.3』の誕生直前。『DBPro V.2』を叩き売りに近い価格に下げてもまったく売れず、ついに創業時からのパトロンであった「新日鐵」と袂を分かち、『DBPro V.3』を社運を賭けた製品として世に問う事になっていた。その販促活動の一環であったわけである。
※この段落の大部分は勝手な妄想につき、つっこみはご容赦下さい (;`ー´)

マイクロソフトのような巨大な会社は別だが、ソフトウエア製品メーカーと出版社は基本的に対等な関係である。
どちらの立場が上という事はないし提携する事もほぼないのだが・・・
表紙にはわざわざ"株式会社ソフトヴィジョン提供 / 株式会社ビレッジセンター発売"と明記されている事が、両社の関係の良好さを示している。何しろ同社は"show"氏がHPのネタに使っていた"みかん星人"の生みの親でもあるのだ。
この辺は面白いエピソードなので、知らない人は google 神にでも問うてみて下さい。( ´ー`)

当時は、解説書の有無が製品の売れ行きに大きな影響を及ぼすと考えられていたし、ある程度真実でもあった。
現代のようにインターネット上で使いこなしのための情報が容易に得られる状況にはなく、パソコン通信にも縁のない大多数の人々にとって、ソフトウエアの解説書の存在は、ある意味製品そのものよりも重要だったのである。
この辺を云い出すと「卵が先か鶏が先か」的な議論にもなるのだが、特にデータベース製品については、素人がカタログやデモ画面を見たくらいではまったく判断のしようがないので、実際にどんな事が出来るのかそれがどんな手順で実現するのかをある程度事前に知る事が出来る解説書の存在は、極めて重要な役割を果たしていた。

『DBPro V.3』は、完成度の高い良い製品だった。『V.2』の数々の問題点を克服し、"使える"製品に成長していた。
その品質は、自社の基幹システムの刷新に際し、選択肢に加えようかと一時は真剣に検討したほどであった。

それほど優れた『DBPro V.3』に取り組んでいた事もあり、不完全な製品であった『V.2』の記事を書くことは以前にも増して辛く、画面を見るだけでもイヤだった。降りようと何度か悩んだほどだった。
しかし、降りて良いはずがない。せっかく掴みかけたチャンスなのだし、誘ってくれた諸先輩に背く事にもなる。

そこで考えた。『V.2』も『V.3』も、紙面に載る画面は変わらない。ならば、『V.3』の新機能さえ使わなければ、そのまま『V.2』の記事としても構わないわけである。
というわけで一気に気が楽になり、大過なく仕事を終える事が出来た。
そして、この本もまったく売れなかった。
「何でそれが分かるのか ?」って、答えはカンタン。「増刷」されなかったから。( ´ー`)

とにかく、半ば修行のような二冊目の共著が終わった感想は「もうイヤや。今度こそ"桐"とも"DBPro"とも関わりたくない。」だったのだが・・・
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