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カメラ小僧の壁

職場から徒歩30秒の毛馬桜之宮公園では桜開花のピークを過ぎてから、この日ようやく晴天に恵まれた。天気予報をチェックしていたので、通勤鞄に"NEX-5"を詰め込んで出勤。昼休みを利用して撮影練習。
今回も"SEL50F18"50mm単焦点レンズで三脚なしの一本勝負。そこそこの写真が撮れました。
ちょっと訳あって、若干の加筆及び写真に番号を付加してみた。

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自分が(簡易版ながら)一眼レフカメラを手に入れて、試行錯誤しながらも、「こんな写真が撮れたらなぁ・・・」と憧れていたレベルにようやく到達したのだと自己満足している。

つかの間の晴天の中で
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この程度の写真は苦もなく撮れるようにはなって来た。

つかの間の晴天の中で
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それでは、カメラと写真を極めたのかというと、もちろんまったくの逆である。

つかの間の晴天の中で
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この程度の写真を安定して撮れるようはなったが、アマチュアカメラマンとしては、ようやく入り口に足を踏み入れたに過ぎない事を痛感している。

つかの間の晴天の中で
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あえて自己流でここまで来たが、ここから先にはカンタンには進めそうにない事が分かってきた。
一言で表現すると、やはり「基礎から学ぶべき」かと。

つかの間の晴天の中で
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先輩諸氏にはとっくに看破されているは思うが・・・

つかの間の晴天の中で
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撮影能力について、明らかに壁にぶち当たっているのだ。そしてカメラそのものも、ストレスの元になって来た。
機材のせいにするつもりは毛頭ないのだが、EV・SS・WB等の調整を積極的に行うようになりだすと、"NEX-5"の回りくどい操作手順がほとほとイヤになって来ているのだ。これは「入門レベルはそろそろ卒業」を意味する。
言うまでもないが、もちろんこの事は製品の欠点ではない。割りきった操作性によって入門用コンデジ並みの簡便さを追求した先駆的な素晴らしい製品なのだから。
最初にこの製品を選択してラッキーだったとつくづく思う今日この頃である。
ちなみに、メーカーのビジネスとして当然であるが、一歩進んだ使い方をしたければ上級機をどうぞ、というラインアップはきちんと用意されている。"NEX-5"との別れの時は近いのだな・・・( ´ー`)

つかの間の晴天の中で
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それはさておき。写真を多用したブログ記事の効果的な書き方は身につきつつあると自負している。

つかの間の晴天の中で
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それは、写真をただ羅列するのではなく、一枚一枚について必ずきちんとコメントを書く事である。

つかの間の晴天の中で
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コメントの内容自体は、写真そのものと関連していなくてもかまわない。

つかの間の晴天の中で
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写真を漫然とだらだらと撮るだけでは価値がないのと同様、ブログ記事についても、ただただ思いつきの言葉を何の意図もなく書き綴るだけでは、ファンは納得しない。

つかの間の晴天の中で
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"ファンだって!?何を思い上がっているのだ!?"という批判は甘んじて受けたとしても、アクセス数50-70/日で累計閲覧数30,000を軽く超えれば、固定客もついているし、「社会的責任」というものも少しは発生しているだろう。
いちおう書いておくが、本ブログの最大のファンは自分自身である。二番目がワイフやな。○=(゚∀゚ )
それはさておき。「社会的責任」とは、ブログ記事を書いて公開アップロードしたが最後、その瞬間に世界中に発信され、それは自分のプライベートな所有物ではなくなってしまうという自覚である。

つかの間の晴天の中で
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ブログを公開して一定期間以上経過してしまうと、都合が悪くなったからといって記事を削除しても、はたまたブログそのものを閉鎖しても、完全に抹消することは不可能なのである。

つかの間の晴天の中で
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大多数のブログなんて、取るに足らない個人の公開日記に過ぎない事は間違いないが、あくまでも"公開"である。通常の個人の日記を他人に見せる事はありえないが、ブログは他人に見られる事を前提としている。

つかの間の晴天の中で
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"他人に見られる事を前提"とするからには、何らかのメッセージが必要であろう。
※"必要である"と書いた後で"必要であろう"と書き直した。これだから公開日記は簡単そうで難しい・・・

つかの間の晴天の中で
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「良い写真を撮りたい」という強い願望を持ち始めたのは昨年9月のキャンプツァーからである。

つかの間の晴天の中で
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カメラにはまると(特に資金的に)アブナイので、一眼レフカメラには関心を持たないようにしていたが、大好きなラーメンやお好み焼きや寿司の写真を撮っても、どうしても美味そうに撮れない。サンプル写真などとはそもそも画質が違いすぎる。
もうちょっとマシな写真を撮りたいと、簡易版とはいえ一眼レフカメラ"NEX-5"を購入したのが2010年末。
それまでのコンデジ"IXY900IS"と完全に一線を画す素晴らしい画質に狂喜したのだが、すぐに目が肥えてきて物足りなさを感じるようになった。「なぜもっとフツーにキレイな写真が撮れないのだ」と、いらいらしつつあった。

つかの間の晴天の中で
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そのイライラの元凶は、長年の旧友である、K氏のブログ「yume-no-nakade」。

つかの間の晴天の中で
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長い間そのブログの存在を知らず、1年ほど前にたまたま見つけたのだが、「どう見ても日常生活をフツーに撮ってるだけなのだが、どう見てもフツーの絵ではない」という、ちょっといらつかせられるブログなのである。

つかの間の晴天の中で
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以来「自分もこんな絵を撮ってみたい」と熱望し、旧友のよしみで一度は勝手に弟子入りまでしたのだが、どうも"追いつくのは難しい"というより、"不可能"であると判断し、今は"師匠"ではなく単純に"先生"と呼んでいる。

つかの間の晴天の中で
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それは、一義的には道具の差である。自分の持っている"NEX-5"と先生の"D700"では基本性能がそもそも違う事がほどなくして分かった。しかし、「よっしゃ、それなら同じ道具を持てば並ぶことが出来るではないか」と無邪気に考える事が出来ない程度には自分のレベルも上がったわけである。要するに最大の違いはセンス(才能)の差である。

つかの間の晴天の中で
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まぁ、そんなこんなで、遅かりしとはいえ写真とカメラの楽しみに目覚める事が出来た事は、残り少ない自分の人生にとって大変重要な価値ある出来事であると感謝している。誰にって ? まぁ様々やな。( ´ー`)
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