先祖ルーツ探訪 その1

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戸籍謄本。
人生の折り返し点をかなり過ぎた今、ひょんな事から先祖探索を思い立った。
あまりにも今更ながらではあるが、自分の家系について知らない事が多過ぎる事に気が付いたのである。

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祖父や祖母との交流がないに等しかった事もあるが、亡き両親ともそのようなやり取りをした記憶が一切ない。
早い話がそのような事柄に関心がなかった事もあるが、親からも何も知らされた記憶がないのも問題やな。(;`ー´)

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そんなわけで、しばらく"320i"君とドライブしていなかったし、連休中に一度出かけてみようといざ出発。

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諸般の都合で、今回は気楽に一人旅。お気に入りのオランジーナを保冷ジャケットに収納してエンジンスタート。

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最初の目的地は徳島市役所。自宅からは約3時間弱のコースとなる。
単独行につき、遠慮なく大音量で音楽を楽しみながらである。家族連れでは、それが中々出来ないのでね。
まったりと、それでも少しだけ活発に阪神高速道路神戸線の走行中、燃費計は最高で 17km/Lを記録。

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金曜日なので生田川手前で恒例の渋滞に遭遇を覚悟していたが、大した事もなく抜ける事が出来、明石海峡大橋へ。

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急ぎの旅でもなく"淡路ハイウエイオアシス"で小休止。駐車場はほぼ満杯だったが、ほとんど人が乗ってない観覧車。

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晴天だったが、抜けような青空とはならず、大橋もくっきりとはいかなかった。

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自宅を出発して2時間半程度で到着した徳島市役所。なぜ徳島なのかというと、両親とも徳島県出身だから。
とりあえず、ここで曾祖父さんの先である日出曾祖父さんまでの情報を得る事が出来た。
慣れないものには非常に読みにくい戸籍謄本を何とか解読して、父方の曾祖父(ひいひいじい)の生年が"安政元年"である事も初めて知った。
まぁ、自分の事とはいえ、これ以上は"個人情報保護"の観点からあまり具体的には書かない事に今はしておく。

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それでも書いてみる。子供の頃になじみのあった、JRの駅。今は無人駅である。

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当時と同様、電線も電柱もない気動車(ディーセル列車)が走行しているようだ。

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おぼろげな記憶で走行しているうちに、母方の祖父の墓地に遭遇、したはずなのだが、確認出来たのは叔父の墓だけ。
この辺の事は、家督を継いだ叔父に話を聞けば済む事なのだが、まぁ色々と事情もあって後日あらためてとした。

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けっきょく、今回は淡路島は通過しただけ。近日中に再訪するのが決定している事もあり。(*´~`*)
徳島ツァーについては、最初から日帰りと決めていたのであまり時間の余裕がなかったためでもある。
帰路はかなり天候も良く、大阪方面の"オアシス"では朝よりはましな大橋が撮れた。

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帰宅後に成績チェック。
372km走行で、若干の渋滞を含む高速道路80%と、まぁまぁ流れていた一般道20%を流した結果は15.1km/L。

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例によって ACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)を多用したので、ほとんど足踏みブレーキを使わなかったが、帰宅後はこうなっていた。ACCが着実にシゴトをしてくれていた事が良く分かる。

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今回の調査で判明した事実を基に"Excel"で家系図を書いてみた。2010版だが、実に初期の"Visio"に近い機能がある。
これは父方の図。中程で水平に書き連ねたのが兄弟図。実に 9人兄弟だが母方は更に凄い 11人!!
ほとんどが逝去とはいえ、究極の個人情報に近いのでピンぽけ風にしてある。
あしからずご了承下さい。「以下、次号に続く」とは限りませんが・・・(;`ー´)

ルーツ探しの終着駅か ? / 和歌山城

たったシリーズ二回目で"終着駅"というのも値打ちがない気もするが、"?"を付けたのは本当に終わったわけではないからである。

物心ついた頃から、自分の祖先は貧しい農家だったと聞かされていた。良くある話だし、実際に親の実家は農家である。多くの親族を思い起こしても特に裕福な家庭はないし、苦労人ばかりだと思っていた。自分のルーツについて深く考えた事もなかった。
しかし、一年前にひょんな事をきっかけに自分自身と先祖について四柱推命による診断をしてもらったところ、何と「先祖は立派な職業人、しかも武士である」と断定されたのだ。( ゚д゚)
「何やそれ!? ウチの家系はムカシからどん百姓なんやぞ。だから占いなんて信じられないのだ。」と、以前ならまともに聞く耳を持たなかったのだが、わざわざ診断を受けに行ったのだから聞く耳はあったのである。
もちろんそれには伏線があった。さらにその少し前にタロット占いで自分自身についてかなり高評価をされていたのだ。
自分で思っているような凡人ではないのだそうだ。う~ん、そう言われて悪い気はしないが・・・(;`ー´)
しかし所詮タロット占いはその名の通り占いに過ぎないので、セカンドオピニオンとして四柱推命の診断依頼をしたのである。
なぜ四柱推命かというと、懇意にしている親族に四柱推命の研究家がおられるという実に安易な理由である。( ´ー`)

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実は、ちょうど1年前の探訪シリーズの後日に再度親族を訪問して、耳を疑うようなエピソードを聞かされたのだ。
作成した家系図では、曾曾祖父までしか記録がなく、寺の過去帳も当てにならない状態だったのだが、故郷の跡取り息子である人物(従兄弟や)にルーツの心当たりを尋ねたら、やはりほとんど知らなかった。こっちの方が詳しいくらい。(;`ー´)
話す内に、「そう言えば」といって「数年前にまったく知らない人物が訪ねて来て、やはりルーツ探しをしていてウチにたどり着いた。」そうである。神戸から来たと言っていたらしい。
その人の話によると、「我々の先祖は和歌山城藩士であったが、農民の娘と恋に落ち駆け落ちして徳島県に流れ着いた。」のだそうだ。( ゚д゚)

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なんか、ありきたりなメロドラマみたいだが実話らしい。要するに「身分の違う許されぬ恋」であったので、結局は脱藩に至った事になる。
ムカシの事なので逮捕されたらおそらく切腹ものの重罪犯やな。( ≧Д≦)

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当然、悲惨な人生を歩む運命となったわけや。徳島に逃げたはいいが、人目を忍ぶ最底辺の生活だったらしい。
そして、何とか生き延びて子孫を残していくことになったのだ。すると「先祖は極貧」というのは間違いではない事になる。

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そんなわけで、生まれて初めての和歌山城詣でとなったのだ。入城後すぐにやたら子供が多くて必要以上ににぎかやなのが不思議だったが、驚いた事に城内に動物園があるのだった。平和な時代に生きられる事を天に感謝すべきやな・・・

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城内の動物園というのは、日本でも三例しかないらしい。

※今回も撮影はすべて"RX100M3"

和歌山城

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410円の入場料を払って天守閣に登ってみたが、曇天のためイマイチな出来。中央に見えるのは近代博物館。
城内の展示物は、ありきたりなものばかりで特にこれといって記録しておきたくなるようなものはなかった。撮影禁止やし。
この紀州藩主から運命のイタズラによって将軍になった人物が絵に描いたような聖人君子で、大胆な政治改革及び民主的な統治を行い、自らも終生質素な生活をされたと大きく紹介されていた。その藩主とは・・・
さてと。和歌山城に関するうんちくについては各自調べていただく事にして。

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和歌山城と聞いて一般人が連想するのは、何といっても「暴れん坊将軍」なのではないか・・・ひょっとして自分だけ ? (;`ー´)
ただし、暴れていたのは将軍になった後なので舞台は江戸である。和歌山城で暴れたのは一度きりらしい。(*´~`*)

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ご先祖さまも、ここを通っていたのだろうか ? ( ´ー`)
・・・と思いを馳せて歩いてみたが、土足禁止なので、はだしだと床の桟木が痛くて非常に歩きにくかった。
"御橋廊下"は、藩主とお付の者だけが藩の政庁や藩主の生活の場である二の丸と紅葉渓庭園のある西の丸を行き来するために架けられた橋
だそうだ。ま、あまり細かい事にこだわらないようにしよう。( ´ー`)、

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"御橋廊下"を渡ると、西の丸には小ぶりな造りの茶室がある。

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こじんまりした西の丸庭園。ツツジが咲き誇っておりました。

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せっかくなので、ツツジを主役にして・・・

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このお城は石垣の統一性があまりないな、と感じたが、調べてみたらそれは当たっていたようだ。( ´ー`)

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城の周辺に駐車場はたくさんあるが、ウロウロしてるうちに格安(600円)の場所を見つけてラッキーでした。(*´~`*)

お城を後にして、和歌山県立図書館に移動し「紀州藩士名簿」を閲覧し、当家の苗字を持つ藩士が存在した事を確認した。
ただし、もちろんそれが自分のご先祖さまであるという確証はどこにもないのだが、あまり多くない苗字なので信ぴょう性は高いのだと強引に思い込む事にすれば済むハナシである。

後は、神戸在住らしい遠縁の人物を何とか探し出して直接取材するというのが最後の仕事となりそうである。