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FAPPLI デビュー

1992年11月3日。満を持して、実質的な FAPPLI デビューを果たした。

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こいつをひっさげて・・・
ずっとそう思っていたのだが、あらためて調べてみたら違っていた。記憶なんていいかげんものである。(^。^;

Kao2.jpg
これらのカオを使い出すのは、実際には少し後になってからだった。

前回書いたように
、本格的に"ニフティサーブ"のパソコン通信フォーラムである"桐たんす"に参加するにあたっては、可能な限り「他人とは違う」万全の準備をしようと決意していた。
そのひとつが"ハンドルネーム"。
あれこれ思いを巡らせ、足りない知恵をふり絞り、結局は無難なところで万人受けしそうな動物の名称にでもしようかと思い至って、三日間ほど熟考した末に、はたとひらめいたのが「あるまじろ」。
特に深い意味はない。というよりまったくない。単に言葉の響きがシンプルで面白いというだけの理由である。
実在の生物はカンケイない。語感だけを気に入ったので「アルマジロ」ではなく、あくまで「あるまじろ」である。
とはいえ、「いつもこそこそしていて気の弱い小動物だが、ちょいとトゲがありそう」というのは似てるかも。

ハンドルネームとともに、パソコン通信を見ていてとても気に入ったのが"顔文字 / フェイスマーク"であった。

よほど注意深く書いても、シロートによる文字だけの世界は、どうしても無味乾燥なイメージとなりがちで、それを劇的に改善してくれるのが顔文字。珍しい顔文字を見かける度に、オーバーに言うと感銘を受けていた。

そして。これまた、誰も使っていないものを創りだそうとして安直に思いついたのが、上のふたつのマーク。
結果として、大成功を収めたと自負している。これらがなければ今日の自分があったかどうか。

「桐たんす」オフ会の事

"わたしとコンピュータ"シリーズはかなり長期間になる予定。
そもそも、これがやりたくてブログを始めたのだ、とまでは言わないが。( ´ー`)
一応は回顧録の形式ではあるが、時系列で順次並べるだけでは能がない。その時々の鮮烈な記憶の再生にしたがって進めてみる事にした。

さて。コンピュータ関連の数々の追憶のなかでも"桐たんす"は別格である。

ふだんは仮想空間上でやり取りするパソコン通信仲間であるが、親睦が進むにつれ、自然に実世界で交流(オフライン・ミーティング = オフ会)する機会がどんどん増えていった。

FppliOFFs.jpg
上の二枚は、東京での大規模な"オフ会"。ホントサイコーでした。危機を乗り越えた後の充実感にあふれていた。
「危機って何や ?」う~ん、今でも思い出したくもない不快な出来事が起きてしまったのだな。( ´ー`)
FAPPLIの「桐たんす」は、良識とマナーをわきまえたちゃんとした大人の社会人の交流の場であった。
個性的なメンバーが集まっていたので、それなりに小さな軋轢もあった事はあったが、基本的に和気あいあいと、極めて上質な雰囲気で推移していたのだ。ある時期に何の脈絡もなく突然和を乱す輩が出現し、混乱を極めた。

まぁ、今ならずっとスマートに対処出来た自信はあるが、当時はイライラ困惑するばかりだった。
シスオペ介入によって、ようやく事態が収まり、東京で初の全国オフ会となったのでありました。
良い雰囲気で盛り上がりつつある中での自己紹介で、"ぽー"氏が、茶目っ気のつもりで「桐ジゴロです。」とかました時には、一同フリーズ・すなわち一瞬静まり返って凍りつき、その後本名を名乗って落ち着きを取り戻した。
そして、次に「あるまじろです!!」と名乗った直後の大喝采は今でも忘れられない晴れの場であった。(^。^)v

下は、よりローカルな京都と大阪のもの。これはこれで少人数ゆえ、より深いコミュニケーションが楽しめた。
"UN_CHAN"、"山下博義"、"すう"、"ボケ仙人"、"立花 薫"、"Rose.C"。生涯の友が沢山出来た。
・・・はずだったのだが。( ´・ω・`)

「桐たんす」の黎明期

時は実に「1992年11月」!! もう20年以上の過去になるのか・・・
新参者の自分にとって記念すべき月。"OM"さんのレポートで"超新星"の称号をいただいて、とても嬉しかった。
"アクティブリスト"。ニフティサーブ「桐たんす」会議室での一ヶ月間の発言(書き込み)数を集計したものである。
書式が整っているのは、こんな集計が可能な専用ソフトがフリーソフトとして提供されていたおかげ。
多ければ良いってものではもちろんないのだが、"OM"さんが随時発表してくれるのでとても励みになった。
1ヶ月で総発言数 56 → 362 なんて、目を見張る発展ぶりだが、以降こんな状態がずっと続くのだな。(^。^;



【たんす2】
1992年10月のアクティブリスト
順位 ID ハンドル名 発言数 +/- 文字数 平均 前月順位
-----------------------------------------------------------------------------
1 PDE02554 立花 薫 16( ---) 8241( 515.1) --- !
2 HCA03576 よい子の横井 5( ---) 2843( 568.6) --- !
2 TCC01712 まっちゃん 5( ---) 984( 196.8) --- !
-----------------------------------------------------------------------------
計 18 名 (----) 56 発言 (-----)

1992年11月のアクティブリスト(超新星爆発した11月)
1 PDE02554 立花 薫 80(+ 64) 33929( 424.1) 1 ◇
2 MGH01625 あるまじろ 60( ---) 31360( 522.7) --- !
3 HGE01740 林檎 45(+ 41) 32753( 727.8) 4 △
4 HFF01533 OM 43(+ 41) 17095( 397.6) 10 △
5 GHF01617 m.hayashi 38( ---) 32314( 850.4) --- !
6 NBB01574 un_chan 16(+ 13) 6196( 387.3) 6 ◇
7 MGG03426 練習 9( ---) 2653( 294.8) --- !
8 HCA03576 よい子の横井 8(+ 3) 4631( 578.9) 2 ▼
9 HCA02703 けんぼー 6(+ 3) 3965( 660.8) 6 ▼
9 GEC01023 KEN 6( ---) 2347( 391.2) --- !
11 SGQ00533 Rose.C 5( ---) 4464( 892.8) --- !
11 PGB01475 DEKA 5( ---) 4167( 833.4) --- !
11 TBC01033 オリーブ 5( ---) 1383( 276.6) --- !
-----------------------------------------------------------------------------
計 34 名 (+ 16) 362 発言 (+ 306)



それにしても、それ以前から不動の一位を続けていた「立花 薫」氏の存在感は大きかった。
数だけでなく、内容も安定した高水準だったし。誰が見ても文句なしのボードリーダーやったなぁ。
信頼出来るトップがいるので、自分は気楽な立場で好き勝手に書きなぐれるという安心感は間違いなくあった。
あの頃は本当にイイ時代だった・・・自然と遠い目になってしまうな。(-。-)

「桐たんす」の発展期

"桐たんす"シリーズは、"ニフティサーブ"未体験の方々には、何の事やらさっぱり分からないし、面白くも何ともないとは思うが、まぁガマンして下さい。
完全に個人的な(自分と仲間数名の)懐古趣味から来てるもんでね。( ´ー`)

さすがに、当時の会議室の具体的なやり取りをここで羅列する気にはなれないし、当時を振り返るには、"アクティブリスト"がイチバン効果があるので、しばらくこのカタチを続ける事にする。

さて。"桐たんす"会議室で我がもの顔で縦横無尽に遊んでいたわけだが、その期間は長くは続かなかった。更に強力な"超新星"が出現してしまったのである。
それは、何と"桐"の開発販売元である管理工学研究所の社員である"ぼけ仙人"。想定外の事態であり、その正体は自分もファンであった S氏(※)なのでなおさら嬉しかったな。同社はユーザーとの交流について非常に神経質な会社であったらしく、かなり奥歯にものをはさみつつ慎重に発言されていたのが印象に残っている。
「慎重に」ったって、いきなりこの突出ぶりなのだが・・・( ´ー`)
本人にとってもユーザーとの直接のふれあいがいかに心地良かったかを物語っている。

※とっくに時効だから実名を書いても問題ないかと思うが、現在も同社に在籍されているので一応 S氏としておく



502/512 HFF01533 ヤンキードゥ-ドゥル ゴ>掟破りの集計ダーッ!
( 4) 93/01/12 21:15 コメント数:1

丁度500アーティクル目が飽いていますので、もうやらないと心に誓った会議室集計を再び...
桐たんす3 1992年12月~1993年1月のアクティブリスト  ※当発言を含む

順位 ID ハンドル名 発言数 +/- 文字数 平均 前月順位
-----------------------------------------------------------------------------
1 HCB01677 ぼけ仙人 132( ---) 180841( 1370.0) --- !
2 MGH01625 あるまじろ 64( ---) 40371( 630.8) --- !
3 PDE02554 立花 薫 41( ---) 27182( 663.0) --- !
4 NBB01574 un_chan 39( ---) 11230( 287.9) --- !
5 GCG01371 オラ・フデキ 35( ---) 27776( 793.6) --- !
6 SGQ00533 Rose.C 25( ---) 20053( 802.1) --- !
7 HCA03576 よい子の横井 22( ---) 15322( 696.5) --- !
8 PFC03716 h.ura 15( ---) 12346( 823.1) --- !
8 HGE01740 林檎 15( ---) 10708( 713.9) --- !
10 HFF01533 ヤンキードゥ-ドゥル 14( ---) 12252( 875.1) --- !
  以下32名
-----------------------------------------------------------------------------
計 42 名 (----) 500 発言 (-----)



レポーターは"ヤンキードゥ-ドゥル"さんに変わっているが、変わったのはハンドルネームだけであり、同一人物である。
また「1992年12月~1993年1月」となってはいるが、集計時点で 1月12日なので二ヶ月分というわけではない。
中途半端な日付になっている理由は、当時の会議室の発言数上限が「たったの」512であった事が関係している。
上限数を超えると個別の読み取り専用ファイルとしてアーカイブされていたのだが、集計ソフトが複数ファイルにまたがった処理が出来なかったのが理由と思われる。
「そんなん、エディタで結合したらカンタンやんか」などとは、今だからいえる事や。( ´ー`)

会議室参加者にとって、最大の目的はもちろん雑談ではなく"桐"の使いこなしについての情報交換なので、本家本元の製品を熟知した人物が懇切丁寧に分かりやすく解説してくれるというのは信頼度100%、望外の歓びであった。
かねてから「トップは望まない」と公言していた"立花 薫"氏はめでたく三位に後退。
"un_chan"の四位は意外、ショートメッセージが大半なので印象が薄かったか。
意外といえばもう一名、"Rose.C"氏のアクチブぶり。一体どないしたんや。(;`ー´)

「桐たんす」の充実期 - 管理工学研究所公認SEになったのだ

「あれは一体どこにいったんや!!」(-。-;
実は、"桐たんす"シリーズを開始して、最初に出したかった自慢の品だったのだが、どこを探しても何度探しても発見できず、かなり焦っていた。机の引き出しにも書棚にも、CDラックにも、どこにもない。
"宝物"というほどのものではないが、よく考えるとやはり自分にとって"宝物"に間違いはない。
捨てた事はありえない。必ずこの狭い自分の城のどこかにあるはず・・・

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探し疲れていて、本日何気なしに思い出した。「そうや。あの場所しかない!!」
ありました。あぁ良かった。何とオーディオ機器用パーツの部品収納庫に鎮座していたのだ。( ´ー`)
なぜそんな所に入れたのかまったく説明がつかないし、記憶もなかったのだが「灯台下暗し」そのままだった。

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「貴殿は技量・見識ともに当社の定める桐公認SE基準を満たしており当社の認めるところであります。ここに管理工学研究所公認SEとして認定いたします。」と書かれております。"見識"というところが気が利いてるね。
公認した人は"吉村鐵太郎"氏。当時の管理工学研究所の代表取締役社長であります。

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まぁ、立派な額縁に入った賞状というわけではなく、ただのCDケースなんですがね。
それにしても、同封のフロッピーディスクの内容が何だったのかまるで記憶がないのだな。( ´ー`)

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もちろんカードも入っていて、"KS-00142"と刻印、じゃなくて、テプラテープみたいな感じの安っぽい認定番号の印字でしたが、ようやく曲がりなりにも"SE"と呼ばれる日が来たわけで、もらった時はかなり感無量でした。
番号からして、おそらく"142人目"だろうから、当時大人気の桐の歴史からすれば想像よりずっと少ないと感じた。
しかし、試験内容も自分ほどの"桐使い"でさえ面食らうほどの高度な内容だったのでそれも納得。
※そんな大層なもんやったかどうか今では定かではないが、思い出は美しいほど良いでしょ ?
で、このカードを使った事はない。何しろ、台紙から剥がしたのが今日が初めてなのだし。(;`ー´)

これをどうやって手に入れたのかというのが今回の本題なのだが、記憶によると"桐たんす"からの情報ではなく、その他の情報源から「管理工学研究所が年に一回公認SEの試験を実施している」と知ったのがきっかけ。
今では死語になったのかどうか知らないが、"VAR業者"育成が主目的だったはず。

一私企業の認定資格なので、これを履歴書に書いたところで何の効力があるかなど理解の外なのだが、自分にとってはかっこうの「腕試し」の機会。資格の類をしばらく取れてなかった事もあり、のこのこと受験に出かけた。
時は1994年6月10日。場所はもちろん東京都港区西麻布にあった、管理工学研究所の本社ビル。
会社もまだ羽振りが良かった時期なので、平気でそのためだけに"業務上の出張"として処理出来たのである。
その申請書に押印したのは自分自身。この頃には会社の基幹業務もほぼシステム化していて、情報システム責任者として確固たる立場にあった。
もちろん、それを実現するためには人並み外れた努力をした自負もあったので、誰に遠慮する事もなく何をするにも堂々と振舞っていて、社長だろうが誰であろうが自分の行動の邪魔をされる事はなかった。充実の日々だった。

試験内容はたしか、3単元あって、その内容はほとんど覚えていないが、ひとつだけ鮮明に記憶しているのが、「バグだらけの汚い一括処理」の問題点を発見して訂正しろという課題。
これ、けっこう焦った。何しろ制限時間があったので。ま、何とかクリア出来て合格となったのだがね。
試験会場には20名くらいの受験者が来ていた。そのうち何名合格したかは知らされなかったが、数少ない(と思われる)合格者のひとりになれた事は間違いないわけで、鼻高々であった。

ところで。せっかく本社に出かけたので、"ぼけ仙人"こと"S村"氏との面談も希望したのだが、あいにく出張中という事で会えなかった。代わりにサポート室の小山さんというスタッフと色々歓談出来て、非公式に"桐たんす"の事なども聞かれテキトーにお答えしたりして楽しかったな。( ´ー`)

この小山さんという方は、今でも(※)電話するとちゃんと自分の事を覚えてくれているので驚嘆・感動。
常に記憶力に不安をかかえる自分としては、それだけでこんな人は無条件で尊敬してしまうのである。

※実際にはちょうど二年前くらい

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